中国は、私は主に蒸気機関車を撮るために通い詰めていたのだが、その「ついで」やら何やらで、いつの間にか蒸気機関車以外の写真も溜まってきていた。
初訪問から10年以上が経過し、蒸気機関車の引退以外にも、思った以上に様々な風景が変化していることに気が付く。
それでも、国土の隅々まで伸びる高速鉄道の陰で、彼の国にはまだ土臭い鉄道情景が残っていることだろう。
華北地方
Dec 2018 / 承徳
中国のページは、やはり緑色の東風4B型で始めるべきと思い、この写真をセレクトした。
北京からほど近い承徳では、東風4B型が主力として活躍する専用線があり、私は大いに入り浸った。
こういう専用線は、撮影の可否が国鉄以上に人治主義的で、沿線で撮影していると警察に呼ばれて街まで送り返されることもあれば、車庫の中で自由に撮影させてくれたりもした。
2枚目も同じく承徳にて。
二階建て客車には中国放浪中によくお世話になったが、今はもうだいぶ数を減らしたという。
Sep 2019 / 石家庄・太原
東風4B型シリーズは緑やオレンジなど様々な塗装があるが、その中でも私が好きなのが、このクリームと濃いめの水色の塗り分けだった。
東風4B型を4D型相当に改造した、通称「B改D」機がこの塗装を纏うことが多いようだが、そういう分類学的なところには私は明るくない。
東北地方
Sep 2017 / 大連
大連の外れには、日本統治時代から続く塩田があり、762mmの専用線が敷かれている。
天日塩田から塩を積み込んだ貨車や、いかにも軽便鉄道的な作業員列車を牽いて、可愛らしい箱型ディーゼル機関車がトコトコと行く様子は実に素晴らしい。
学生時代の訪問だったので、旅費を節約するために広大な塩田を延々歩いて周った。
真夏の訪問で、よく熱中症にならなかったものだと今になって思う。
Apr 2025 / 大連
大連といえば有名なのは、むしろこちらの路面電車だろう。
日本時代に製造された「へそライト」の電車が、いまなお現役で活躍している。
一般運行される電車は焦茶色や濃緑色の単色塗りだが、2両だけ、1990年代までに見られた鮮やかな塗装が復刻されている。
祝日に僅かに走るのみなので、思い切って貸切運転を実施させてもらった。
ただ走らせるだけでなく、なるべく1990年代当時の姿に近づけるような工作にも協力してもらい、現場の方々には感謝してもし切れない。
華東地方
Oct 2019 / 金華
大学の卒論発表を2週間後に控えた2019年10月某日、浙江省の金温鉄路を訪れた。
中国では極めて珍しい、独自塗装の機関車を運用する地方鉄道である。
白と青の爽やかな塗装に彩られた老兵DF4Bを、晴れ・曇り・雨の三者三様の写真を撮影し、私は大満足で帰国し再び論文の筆をとったのであった。
西北地方
Dec 2017 / 石嘴山
平汝線を走る一日一往復の旅客列車。
韶山7型 (中国の比較的古い国産電気機関車は「韶山」を名乗る) が、当時すでに珍しかった非空調の硬座車を連ねて、寧夏の赤茶けた大地を走る。
どことなく、日本の吾妻線の「祖母島築堤」を左右反転させたような構図である。
ありがたいことに、このカットは日本の有志団体が発行している「中国鉄道時刻表」の表紙に採用していただいた。
Dec 2017 / 嘉峪関、白銀
西北地方には、国鉄の他にもいくつか興味深い専用線があった。
嘉峪関から北に伸びる嘉策鉄路では、東風4型や8B型のほか、141両「しか」製造されず珍しい東風8型も活躍していた。
白銀有色金属鉱公司の専用線は、蒸汽機関車を期待したものの引退済み。諦め悪く車庫を訪れると、古い客車 (満鉄型?) が寒空に骸を晒していた。
西南地方
Jun 2016 / 楽山
中国四川省というと芭石鉄道の蒸気機関車が有名だが、2015年まではその近くでもう一つ、奇怪な狭軌鉄道が走っていた。
名を沫江煤電といい、スプレーで殴り書きしたような唐草模様の機関車と、窓ガラスのない鳥籠のような客車が、歩いても移動できるほどの短い距離を行ったり来たりしていたのである。
2015年4月に初めて訪問したが、直後の6月に廃止になる旨が知らされ、慌てて (定期試験直前に高校を休んで) もう一度訪れた。
親も担任も、よく許してくれたものだと思う。
Sep 2016 / 昆明
2016年は、東南アジア旅行の末にベトナムから雲南省昆明へと入った。
天気も悪く、また長旅で疲労困憊しており、上手い写真が残っておらず恥ずかしいが、貴重な写真であるので掲載する。
1枚目はメーターゲージ路線で、当時は昆明郊外までのローカル輸送を行っていた。
2枚目は中国初の量産型ディーゼル機関車である東風型で、昆明のどこかの工場の予備機として眠っていたものである。